ブログが何であるかははっきり言ってかなり曖昧だ。そもそもりんごとかπのような厳密な定義が存在しないのだから当然と言えば当然。そして利用者によってブログという言葉から想定されるものに幅がありすぎる感じもする。でもその主張していることをよく見ると大きく二つに分かれていると思う。
内容としてのブログ
そもそもがWeblog(WebのLog)なのだからインターネット上に展開された記録というのが最も広い意味になるけど、さすがにこれは広すぎて本来ブログに該当しないものまで含まれてしまい適切ではない。
ブログ発祥の欧米では一般的には個人が頻繁に情報発信していることがブログの条件になっているみたいだから、これらについて考えてみる。
個人
そのウェブ・リソース(インターネット上に展開された情報・コンテンツ全般)が個人によるものであれば個人という条件は当然クリアする。でも例えばプロバイダーのブログ担当(複数人であり得る)は、その開発・メンテナンス情報をブログに載せているし、最近では企業サイトなども一部の頻繁に更新する情報をブログで管理・発信しているみたいだ。そう考えると物理的個人というより、グループや法人も含めたひとまとまりの抽象的人格と考えた方が適切かも知れない。例えば、複数人で一つのブログを運営しているグループでは、グループの共通テーマについて、その構成員(ライター)それぞれがそのブログを更新できるという同じ立場に立って書かれるから、閲覧者はどの構成員が書こうとそのグループの情報・意見という一つの尺度で受け取る。
そういう意味では、グループ運営されてるブログでも仮にライター同士が中でディスカッションしているような所はブログとは言いづらい。飽くまでもその抽象的一人格における統一的内容であって欲しい。ちなみにコメントはまた別の話で、ここで言う統一的内容というのはライターの書いた記事そのものについてだ。また、統一的と言っても考察によって内容が変遷するのは当然のことで、それは連続性がある訳だから時期によって異なった内容・主張でも統一的と言える。ともかくある一時点においてある題目に対して分裂した意見が同時に存在するのはブログには基本的にはそぐわないと思う。そういうのは普通掲示板や会議室で行われるものだ。
紛らわしいけど、例えば一個人が複数の考えを併記しどちらか迷っているというような表現をしているのは内容が分裂しているわけではなく、ある題目について迷っているというのが一つの本題なので問題無い。また、そのブログの目的そのものが複数ライターによる多視的記述であるならそれは構わないと思う。
しかしそうすると、本物の多重人格者が一つのブログにそれぞれの人格で書き込んだらどうなるだろう。それはそれで興味深い一個人の記録であるから、複数の人格で書かれた一つのブログということになるかな。
ともかく(抽象的)一個人はブログを掲示板と区別するための概念として大切だ。
頻繁
頻繁というのは運営主体によって尺度が違うだろうから厳密なことは分からない。一年に一回の更新でも内容がふさわしければブログと言えるんじゃないだろうか。それに更新が止まったものでも、ウェブ上に存在する限りそのテーマの記録ではあるから(更新の終わった)WebLogと言えると思う。
情報発信
情報発信は僕にとっては難しい概念だ。ブログ発祥の欧米では基本的にはニュースサイトというイメージが強いようだ。そういう意味では個人的な日記はブログとは言えない。でもその人の記録という点ではLogには該当すると思うので、ここで考察している広義のブログには含めても構わないと思う。そもそもウェブに載せている時点で発信してる訳だし。ただ、それが特定の人に宛てた私信みたいなものや、閲覧者に意味の分からない独り言というのはそもそもウェブで発信する意味がないのでさすがに不適だろう。でも更に考えると、その私信や独り言を単独で取り出すと不適でも、前後の記事やその他の情報からライターの発信しているものが読み取れればやっぱりブログかな。う~ん、ブログに書く時点でライターには発信の意識はあるわけだから、この区別はあんまり意味がないかな。
発信ではなく情報に着目すると、こっちはかなりはっきりしている。少なくとも内面の動きだけを綴ったものは情報とは言えないので、他者が追認可能な何らかの外的な事柄が含まれていなければならない事になる。ここにこだわると一部の日記はブログとは言えない。また追認可能でも例えば描いている絵の創作過程を日々貼り付けているようなものも不適になる可能性がある。創作は情報(の発信)とはちょっと違うから。
補足だけど、記述した内容のひとまとまりを指して一つの記事として扱うことを忘れてはいけない。例えばある記事に文章があり解説のための図や写真が含まれている場合、それらの個々の図や写真のデータだけを取り出してブログとは言わないはずだ。
以上がブログを定義付ける主な概念らしいけど、さらに双方向性というのも加えた方が良いらしい。つまり閲覧者がその記事に対する何らかの反応をウェブ上に展開できるようにする。だからライターとメールで直接意見・感想を遣り取りするのはブログ的な双方向性にはあてはまらない。
例えば、僕はここに書き込んでいて幾つかの記事にはコメントやトラックバックを許可しないことがあるけど、これはブログ的ではないということになってしまう。
でもこの双方向性は先に挙げた概念ほどには重要ではない気もする。
機能としてのブログ
以上のような内容・使われ方としてのブログの定義とは別に、機能という側面から考えることもできる。
基本的にブログは情報発信であり、ライター・閲覧者間の双方向の交流を可能とするからにはコメント、トラックバック機能を備えているのが望ましいのだと思う。またRSSによって更新情報を配信する機能も情報発信のひとつの実現であるので、実装している方がよりブログらしい。
これらの発祥はよく分からないけど、こういった機能を十分に備えたサーバーインストール型ツールの元祖がMovableTypeらしいので、単純にMovableTypeとその互換ツールこそが機能としてのブログと言って構わないのかも知れない(ASP型の元祖はbloggerだそうだけど、これにどの程度現在のブログの機能が実装されていたのかは分からない)。だからアット・ニフティのココログのようにMovableTypeのASP版をサービス提供側がカスタマイズしたものもMSNスペースの様に独自に実装(多分)して互換性を実現させた(達成度はよく分からないけど)ものも当然ブログと言える。
ここでそれぞれの機能がブログとしてどれほど重要かはなかなか論じにくいけど、基本が情報発信であり書き手と読み手の双方向性もそれなりに必要であると考えれば、その個々の記事にコメントやトラックバックを付けられることは大きな要素だと思う。そう考えると現状のはてなダイアリーは機能面では純粋なブログとしては不完全という事になってしまう(例えばカテゴリー表示させるとそこに含まれる個々の記事が表示されるけど、一緒に表示されるのはその日に付けられた全てのコメントだ。これは記事に対する双方向機能としてはかなり不便な状態だと思う。個人的にははてなダイアリーは無理にブログと名乗らずに、限りなくブログに近い高機能ウェブ日記というくくりで良いと思う)。
以上、かなり緩い概念でブログというものを内容・機能から定義づけてみたけど、僕自身あんまりこだわっていないし最初に書いたように柔軟に考えて良いと思う。変にガチガチに縛るよりウェブ・ログと広くとらえた方が、これからもっと便利な機能が追加される可能性も高いわけだし。
で、ブログというものについて一応定義した上でブログと日記について考えてみる。そもそも、こびと工場長さんの日記に触発されたのがこの記事を書こうと思ったきっかけ。
以前にも書いたけど、日本では元々ウェブ日記が盛んで、それは古典文学にも日記がたくさんあるように日本人が日記を好きだからなのかも知れない。僕は欧米の日記がどうなのかは全く分からないけど(そもそも『アンネの日記』くらいしか知らないし…)、日本の日記の方が欧米に比べて内面の記述が多い(と思う)のに対し、欧米の日記は出来事の記述が主なような気がする(書き手の個人差も大きいだろうし、かなり乱暴で根拠の薄い考えだけど)。多分、欧米は議論の国なので自分の意見は意見として論文の様な形で日記とは別に表現する手段があったからじゃないかな。つまり欧米では記録と意見を分けて、意見を表に出す文化が早くから発達していたと。日本では逆に古事記・日本書紀などの記録の比重が大きく意見は日記として、発表する機会はあったけどプライベートに近い位置で存在していた。
そしてブログが個人の情報発信ツールとして成長する中で欧米では記録を、日本では意見(日記)を記述するものとして使われるようになったんじゃないかな。
そう考えると、ブログが飽くまで欧米で情報発信であるのに対し、日本で日記ツールとしての比重が大きいのは単にその民族性の違いであり、どう使おうと大した問題では無い気がしてくる。
ただ、現状のブログは日本的日記ツールとしては使いにくい面もある。例えばココログは特定の一日に書いた記事だけを一望できない。はてなダイアリーが記事を個別に扱えないのと逆だ。でもこういった機能の違いは本質的な問題ではなく、ライターが意識していればいいと思うし、機能改善の可能性も大きい。
あんまり情報の発信にこだわり続けても内容が硬直化しそうだし、せっかく多くのブログにカテゴリー作成機能があるんだから、私的ブログについて言えば自分の関心事をどんどこ書いてカテゴリーで分類していけばいい。そうやってツールとしてのブログを応用して、日記を書いたりニュースを発信したり創作を発表して構わないと思う。飽くまでもその内容が大切なのだから。
と言うわけで、発信者としてはブログと日記は別だから何を書かなければいけない、何を書いてはいけないとあまりこだわることなく、自分が何を書いているのかを自覚して、自分の好きなツールで発信していけば良いんじゃないかな。少なくとも僕はそうしていくつもり。気分がすぐれている限りは。(笑)
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